日記大学

4月に入って突然忙しくなり、暇じゃないとやっぱりブログって書けないなと、何度目か分からないけど認識した。別に書かなくてもいいっちゃいいけど、何年か後になって読み返すと面白いような気がしているので書く。あと、これを読んでくれている人とのコミュニケーションコストが下がるので、それも結構なメリットだなと思っている。


コミュニケーションコスト?なんだそれ?については、こちらの考えをご覧ください。以下、そのページ内にある文章の引用。

「おそらく、私と同様に質の高いコミュニケーションを欲している人は、実名や所属を公開していなくても自分自身の考え方や趣味・嗜好を十分にインターネット上で表現しているに違いない、現在はそうでなくても将来はそうしたいと思っているに違いない、と私は考えました。」

このホームページを始めたのは上の文章を見つけるより前ですが、まったく同じことを考えていた。ブログ?ホームページ?お前は自己顕示欲の塊お兄さんかよっていう考えに対して、自分の目的はコレなのかも。もちろん、自己顕示欲の塊お兄さんでもある。この辺り掘り下げるとまた色々書けそう。話は戻って・・・。


思っていたより大学の授業は忙しく、別に乗り切るだけなら大したことはないような気もするが、しっかりと成績を取ろうとするとそれなりに頑張らないといけなさそうな感じはする。ただ、成績のためとなると途端にやる気をなくすのが自分の悪い癖で、やや困っている。成績は、ないよりはあったほうがいいものではあるのはちゃんと分かっているのだけれど、大学時の成績で研究室とか、大学院とか、就職とか、評価されようというのはなんともくそまじめすぎる感じがして、素直に取り組みづらいと思ってしまうのだった。つまり、既定の路線に乗りすぎているというかなんというか。

これをもう少し具体的に書くと、いわゆる受験とかその辺りを頑張って、いいところに行く・デキる人たちに会うっていうのは確かにまっとうで、見方によっては一番簡単な方法かもしれないけど、社会の制度がそうなっているので参加者は一番多くて、競争が激しい。そこで、真っ当な道を真面目にただ進むのではなく、一捻りをして、同じところでもちょっと違う入り口から入ってみると、競争者が少ないのでカンタンに入れてしまったり、さらにその世界でも珍しい人になるのでよく覚えてもらえる可能性が上がるかもしれない。最近の分かりやすい例で言えば、プロ奢られ屋さんとかであろうか?それはちょっと極端かもしれないが。自分に性格的にも、そっちの方がおそらく合っていると思う。(奢られのプロになるのが、ではない。)

大学以外の忙しい理由のもう一つに、バイトをはじめたというのもある。というか、今のところ大学よりコッチの方が脳みそに入ってくる情報量が多いような気もする。これは前にも書いたように一石二鳥計画の一端で、バイヨして金をちょびっと稼ぎながらも、同時に新しいことも体験していくという試み。具体的に何を体験しているのかっていうと、プヨグラミングとか、そのあたりになるんだが。少なくともこの数週間くらいで、大学の授業で教わるようなことの30倍くらいの量のプヨグラミング知識とか経験を身につけたことは間違いない。それでいてお金をくださるので、会社にはありがとうございますと今のところは言うしかない。実際のところ、お金を稼ぎに行くというよりかは、そこにいる社員の知識と経験をギガドレインしに行っているという方が正しいかも(だからといって仕事をしていないというわけでは全くないですよ!)。こればっかりは流石に、どんな教育機関でも敵わないと思う。実践環境あるのみだね。あとは、社会の中で働くというのがどういうことか体験できたというところであろうか。あまり詳細は書かない(書けない)が、まだ規模は大きくない会社なので社内でどのように役割を分担して、戦っているのかというところを実際にリアルタイムで見ることができている。

あと、大学のノートをこのページにアップロードしていくという作業も始めた。まあこれは、はてなブログの時からやっていたことだけれど、もう少し後からでも自分が見やすいようにと、少し丁寧に階層を分けたりして、記録している。(ホントは、誰の目にも有益じゃん!分かりやすい!と言えるように整理した資料を並べたい。というかそうしないと、未来の自分にも少なくとも実用的には役に立たないよね。)ただ、大学のノートといっても板書をそのまま写すようなことはしていなくて、自分のそのときの謎の感情やコメントをメインとした上で授業の内容をメモっている感じだ。それをする理由も、板書をそのままとるってくそまじめすぎるでしょっていう考えが基本にある。つまり、授業の内容なんて検索すればいくらでも出てくるような世界で、ただ単純に知識の羅列をメモるのはもったいなくて、むしろ一番貴重なのはその時の自分の新鮮なリアクションでしょう、というところだ。

ただ、内容について自分が完全に理解しているわけでもないので、最終的には大学のノートコーナーと、自分があとから綺麗にまとめなおしたコーナーを分けるような気もする。単純にiPadの手書きノートだけだと視認性も悪いし、LaTeXとかでまとめなおしたくなるよね。一年間格闘してきた、大学のノートどうしよう議論も、結構いいカタチに到達したのかもしれない。少なくとも、iPadをノートがわりにできるようになり、ホームページを簡単に持てて画像データを気軽にアップロードできるようになった世界の歴史はここ2,3年くらいしかないので、この形が数十年後にどうなっているのかは楽しみにしていたりする、自分も試行錯誤を重ねつつ。(iPad以外は20年くらい歴史あるじゃねえか!)