本の知識は、殴り続けないと奪えない

最近はもっぱらカンデル神経科学と格闘しています。具体的に何しているのかっていうと、カンデルに書いてある知識を、自分なりに疑問形から始めて、Google先生を大活用しながらPDFに長々とまとめ直すという作業なんですけど。これをやっていて一つ思うところがあったのが、当然の話ではあるっちゃあるんだけど、知識の身につけ方が能動的になるので、自分の中である程度出し入れできるような知識を得られるっていうところですね。ある程度人に教えられるような知識を身につけるには、長々と格闘し続けるという作業は当然不可欠ですよね。

いや、本当に当然の話ですね。特に、ここまで分厚い(およそ1600P)カンデルで神経科学を学ぼうと思うと、PDFなりノートなりで学習をまとめるっていうしっかりとした作業をしなければ到底その知識を身につけることは出来ないと思うのですよね。ただ、そういう意味でカンデルを選んで幸運だったなと思うところがあります。というのも、もっと薄い一般的な本(200~300pとか?)を学ぶ時に、こういうところを気にすることが出来ていたかな?っていうところです。

つい最近、独学プログラマーという本を読み返してみたんですが、自分のあまりの知識の定着のしてなさに驚きました。いや、取り組んでいた時間も短いですし、当たり前の話で、恥ずかしい限りですが。

 

karia68.hatenablog.com

 (ブログはじめたばかりで、文章も下手くそですね、今もですが。)

そのときは、ある程度中に書かれているコード例を写経してればまあわかるっしょみたいなノリで、だいぶ高速に進めていたんですけど、やっぱり急がば回れということなんですよね。もちろん、早めに全体像を見るっていうのもとっても重要だと考えているので、はじめに高速でササッと全体像をさらったのはとてもよかったと思っています。しかし、その後ですよね。しっかりと内容を吟味して、咀嚼して、飲み込むという作業をまったく省いてしまっている。

ちなみに、カンデルを読む際にも、こうやってPDFにまとめる作業にかかる前に、全体像をさらうという目的で一旦全体を通読しています。ただ、ここで先ほども言ったように、さすがにこの分厚さは、適当に読んでるだけでは頭に入って来ねえだろう、と、そう思えたわけです。よかった。そこで、内容を咀嚼吟味するためにまとめるという作業をはじめたわけです。

内容をまとめるっていうのはなんとも、無味乾燥な作業に思えるかもしれませんが、実際そこで一番重要になると考えているのが、読書スピードが強制的にゆっくりになるっていうところです。多くの気づきが生まれます。

割と、こういう習慣は数学や物理を学ぶ時には一般的ですよね。計算はどう考えても書かねば理解ができませんからね。ただ、それ以外の分野でも(というかすべての本について)同じことが言えると思うのです。むしろ人文系の書物をまとめる方が大変そう?

私は、ここに気づきを得たので、例えば技術書のたぐいとか、個人的に脳みそにこびりつけておきたい知識なんかは、しっかりとPDFにまとめようと思いました。イメージとしては、大学教員が講義用の資料*1を作るような感じですかね。そんな位置を目指したかのようなまとめかたを心がけようと思います。

うーん、紙のノートでももちろん良いと思うんです、ただ、情報を共有するという観点でカミは致命的に弱いですよね。そこなんですよ。なのでぼくはとりあえず電子的な記録をとり続けたいと思います。

 

ちなみに、おまえ読書メモとかブログにまとめてんじゃん!っていうところなんですが、僕的にこれには問題があって、まったく(ほとんど)読み返さないんですよ。ブログ。

なのでブログを書く時にもあらかじめローカルでまとめてから、それをペーストして行こうと思います。

*1:講義や、その資料を作るって凄く良い勉強ですよね。立場がその人をさらに強くするみたいなところはあると思うのです。