たかくんの成長

大学1年生、たかくんの成長を綴ります。学習記録や学生生活に関することが多いと思われます。

おじさんの意見がたくさん見えてしまう世界

自分はそこらへんにいる工学部の一年生。ようやく大学へ入学してみたので,その先についても考えてみようかと,いろいろ情報をかき集めているところである。じゃあ今までその先について考えてこなかったのかと言われると,それはそうだ。高校生の頃,とりあえずは受験というものに集中しておこうと思って,その先についての情報をあまり取り入れなかった。もっというと,受験よりもその先のことを考える方がめんどくさそうだったので,さしあたって受験という壁に隠れておいたというのが正しいかもしれない*1

 

さて,今の時代,どう情報を集めればよいのかと言えばやっぱり,インターネットが一番に来るだろう*2。もちろん集める情報の質や種類によるが,将来のことについて考える時,具体的なロールモデルというか,実際に社会で動いている人の言動や行動といった情報を集めるには,インターネット(とりわけTwitter)が最適だろうと考えた。Twitterは本当に新鮮な情報が集まる。例えば,実際に海外院の博士課程に在学中の人のTwitterを何十とフォローすれば,そのツイートからこぼれてくるいろいろなお話や情報は,まさに産地直送,新鮮そのものだし,外資系企業に勤める人をいくらかフォローすれば,そこの会社にはどんな人種がいるのか,どういう考え方を持っているのかなど,とってもリアルな情報が伝わってくる。中には親切にも質問箱やマシュマロといった匿名質問サービスに登録して,フォロワーからの匿名質問に答えてくれる方もいらっしゃるので,ますます情報は集まっていく。そんな中で,ちょっと感じたこと。

 

おじさん(おばさん,お兄さん,お姉さん)の意見が,情報が,見えすぎているのではないか。

 

別にそのこと自体が良いことだ!,いやいや悪いことだ!などということを言いたいわけでもない。単なるつぶやきの延長線上とでも捉えて欲しい。

ひとまず,落ち着いて状況を捉えようとしてみる。そもそも,このような状況は昔からあったのだろうか?もちろん昔を生きていたわけではないので正確なところは全くもって分からないが,少なくともこんなにも多く,大量の,中にはどうでもいいような含まれているような情報が溢れていて,なおかつ簡単に流通するようになったのは明らかにインターネットが普及してからだろう。そして,インターネットが誰の手にも行き渡り,分単位で日常の様々な(どうでもいい)情報を個人が垂れ流すようになったのは,スマートフォンの登場から,つまりついここ約10年くらいの話だろう。そしてさらに,インターネット上に情報が蓄積される(ネット,SNS人口の増加,サービスの普及),のにも時間がかかることを考えれば,ここ5年くらいまでに絞れるのではないだろうか。いやわからん。

 

そうであるならば,自分たちのような世代はまさにインフォメーション世代というか,情報のシャワーを初めから浴び続ける第一世代みたいな感じなのだろう。

そんな中で,最近思ったこととしては,いや,これはいろいろと知りすぎてしまってるのではと,なんとなくそう感じた。例えば,自分の数年先の先輩方をたくさんフォローすることによって,日本の大学の現状,博士課程の暗い感じをたくさん知ってしまったりだとか,博士持ち人材をフォローしまくることで,日本で学歴を積み続けていくと最後の方で重力が逆転する謎現象が起きることを知るとか,変な自我を持つ人間が古くからある由緒正しい日系企業でお仕事をするのはもしかすると大変かもしれない,だとか。。*3

もちろん情報を知るということは悪いことばかりなわけはなくて(むしろ良いことの方が多いだろうけど),例えば海外の院へ行くという選択肢は,お金かかりまくり,めんどくささありまくりとかいうわけでもなく意外と実行できる可能性はあるということを知ったり,優秀な大学を出たり,スゴく実績のあるスゴそうな人のいろいろな意見を知ることが出来たり,世の中の多様な人の多様な視点を得ることが出来たりする。

 

ただ,ここには注意が必要で,一つ目に,まずその情報は正しいのか否か,大多数の意見なのか,希少な少数派の意見なのかというところ。インターネットが普及するようになったとはいえ今でも大多数はサイレントな人々だということを認識しなければならない,と思っている。

二つ目には,近代では情報のシャワーは皆がほぼ平等に浴びることが出来るけれど,そこからすくい取れる情報の量や質にはめっちゃくっちゃな個人差があるという事実は認識しなければならない,というところ。そういう事実を鑑みれば,状況は昔とさして変わってもいないのかなと思ったり。つまり自分みたいな変なやつが勝手に変なところからすくい取ってくるだけ,みたいな。

最後には,インターネットで情報を集めるっていう行為そのものが主体的な部分が大きいっていうところ。例えばそもそもTwitterのフォローという行為そのものが情報を得ると同時に視野を狭めていくことにもつながったり,だとか

 

 

うーん,結局何が言いたいのかっていうところだが,知らない方がよいということも世の中にはたくさんあるし,むしろ物事をよく知らなかったが故にその世界に突っ込んで成功できるみたいなとこもあったりはすると思う,し,あらかじめ知っておくことで備えが出来たり,心の準備ができたりすることもあるだろう。こんなインターネッツという情報の波で,うまくサーフィンが出来るようになりたいなと考えているのでした。

 

 

 

 

 

 

 

*1:とはいっても,受験を乗り越える前に将来について真剣に考えることが出来ているという人間はとても珍しいのではないだろうか。もっと言えば受験を乗り越えた後でも。もちろん,そもそも将来のことについてウンウンうなって考える必要があるのかという見方もある。

*2:のちにも述べているが,ここでいう情報とはあくまでリアルな社会,人間の実態を知るという意味。

*3:別にそれを早めに知るのは良いことじゃんっていうのももちろんあると思うし,自分もそれを知れることが悪いことだとはまったく思っていないけど。例えるなら,レベル制限のあるダンジョンの中を先に覗いてしまって,序盤にして敵のレベルの高さを知ってしまうみたいな。。そこで,うわこのゲーム金と時間吸われそうだな,やめとこと思うのか,ヨッシャ時間かけて育てまくるぜと思うのかは個人次第な感じ。レベル制限ってのは現実でいうところの年齢,自分がまだ学部一年なもんで。